大学時代の自主性と充実から社会人野球の現実へ
大学の軟式野球部で過ごした4年間。監督がいない環境で、自分たちで考え、自分たちで練習メニューを組み、上位大会を目指して汗を流した日々。時には4番を任されることもあり、チームの中心として活躍する機会もありました。仲間との絆、そして何より野球に真剣に向き合える環境が、かけがえのない思い出となっています。
「次の大会では絶対に勝とう」「このフォームを修正すれば打率が上がるはずだ」と、自分たちで考え実践する。監督がいなかったからこそ、自分たちの意志で野球と向き合う貴重な経験ができました。あの頃は「大変だ」と思うこともありましたが、今思えば自分の野球人生を形作った大切な時間でした。
社会人となり、野球を続けたい一心で地元の草野球チームに入りました。日曜日の試合を楽しみに平日を乗り切る。それなりに充実していたはずなのに、どこか心の奥に満たされない感覚がありました。技術の向上を目指す練習はなく、「楽しめればいい」という雰囲気。それが悪いわけではないのですが、大学時代に感じたあの高揚感、目標に向かって全力で取り組む充実感がどこか恋しくなっていました。
内心では「もう一度、野球と本気で向き合いたい」という思いが常にありました。大学時代のように自分の技術を高め、チームの勝利に貢献する。試合の前日に作戦を考え、練習で課題を克服する。そんな野球との真剣な関わり方が、私には必要だったのです。
そんな物足りなさを感じながら草野球チームに所属して一年が経ちました。
後輩からの思わぬ誘い
ある日、大学の後輩から連絡がありました。
「先輩、軟式のクラブチームを作るんです。入りませんか?」
何気ない誘いでしたが、彼の次の言葉が私の心を動かしました。
「僕たちは軟式野球連盟の全国大会を目指すつもりです。本気で野球と向き合うチームを作りたいんです」
その瞬間、心の中で何かが弾けました。「本気で野球と向き合う」——まさに私が求めていた言葉でした。大学時代に感じたあの充実感、4番として打席に立つ緊張感、仲間と共に目標に向かって全力で取り組む日々を再び味わえるかもしれない。
「これだ」
ずっと心の奥に抱えていた「もう一度野球と真剣に向き合いたい」という思いが、後輩の言葉で一気に表面化しました。胸の奥で膨らんでいく期待と高揚感は、大学時代に試合前に感じていたあの感覚に似ていました。
押し寄せる不安という大きな波
しかし、すぐに現実的な不安が押し寄せてきました。
「全国大会を目指すレベルのチームに、今の自分が通用するのか?」
確かに大学時代は4番を打っていた時期もありましたが、それは監督がいない自分たちだけのチーム。全国レベルと比べれば雲泥の差があるはずです。そして社会人になってからは、週に一度の試合以外ほとんど練習らしい練習もしていません。体は鈍り、技術は錆びついていました。大学時代の感覚を取り戻せるかどうかも分からない。
「全国を目指すチームなら、きっと高いレベルの選手たちが集まるだろう」
「自分のような中途半端な選手が入っても迷惑をかけるだけではないか」
「仕事との両立ができるのか」
「体力的についていけるのか」
考えれば考えるほど、不安は膨らむばかり。誘いを受けた夜、何度も天井を見つめながら悩みました。
自分との対話と決断の瞬間
不安を抱えながらも、何日も考え続けました。鏡の前で自問自答する日々。
「自分は本当に全国を目指すレベルなのか」
「今の自分にそこまでの覚悟はあるのか」
「仕事との両立はできるのか」
そんな疑問と向き合う中で、ふと大学時代の自分を思い出しました。監督がいなくても自分たちで考え、練習し、時には4番を打つこともあった。そして何より、野球と本気で向き合えていた自分がいた。
「結局のところ、野球が好きだからこそ悩んでいるんだ」
その気づきが、私の決断を後押ししました。レベルの高さへの不安は確かにある。でも、それは挑戦する価値のある不安ではないか。大学時代のように、苦労してでも成長できる環境に身を置きたい。そう思えたとき、迷いが晴れていきました。
後輩に連絡しました。
「入るよ。全国目指そう」
シンプルな返事でしたが、その言葉を発した瞬間、胸の奥で小さな火が灯りました。
覚悟を決めて臨んだ初練習
決断はしたものの、初めての練習に向かう足取りは重かったです。自分の中で覚悟は決めていましたが、現実の壁はそう簡単には越えられません。
「みんなと比べて下手だったらどうしよう」
「ついていけなかったらどうしよう」
そんな思いを抱えながらも、初練習に参加しました。
グラウンドに足を踏み入れた瞬間、その光景に息を呑みました。硬式の大学野球部員や私立高校でレギュラーを張っていた元球児たちが、見事な動きでボールを扱っています。特に打撃練習では、軟式特有の柔らかな打球音と共に、ボールが気持ちよく伸びていく様子に圧倒されました。
私の番が来ました。最初の数球は完全な空振り。何とか当たっても、ゴロばかり。守備では、他のメンバーならルーティンでこなすような送球が、私の手からは暴投になります。「これが全国を目指すチームのレベルか」と実感し、冷や汗が背中を伝いました。
しかし、諦めるわけにはいきません。「ここで引くわけにはいかない」
次の打席では、バットの芯に当てようと必死に集中しました。空振りしても、すぐに次の球に備える。守備練習では、少しでも多くの球を正確に投げようと、一球一球に全神経を集中させました。
「もっと膝を曲げて低い姿勢で」「体重移動を意識して」「手首のスナップを効かせて」
先輩たちからのアドバイスを必死にメモし、すぐに実践。監督やコーチがいないチームだからこそ、メンバー同士で高め合おうという雰囲気がありました。汗だくになりながら、喰らいつくように練習に取り組みました。他の選手が休憩している間も、素振りや送球フォームの確認を繰り返します。
練習後、体中が痛みましたが、心地よい疲労感でもありました。後輩キャプテンが声をかけてきました。
「先輩、今日はお疲れ様でした。正直に言います。技術面ではまだまだ伸びしろがありますが、その食らいつく姿勢は誰にも負けていませんでした。そういう姿勢が大事なんです。技術は練習で必ず上がっていきます。それに、先輩はチームで一番年上ですし、経験も豊富。メンバーをまとめるパイプ役として期待しています」
その言葉に、自分の決断が間違っていなかったと確信しました。「レベルは違えど、この差を必死に埋めることが自分の役割なんだ」そう決意を新たにした瞬間でした。
不安を力に変える日々
それからは、自分の不安を力に変えようと決意しました。誰よりも早く練習場に来て、基礎トレーニングに励みました。休日には自主練習。YouTubeで技術動画を見ながら、家でも素振りの日々。
最初の頃は、練習についていくのがやっとでした。しかし、一か月、二か月と経つうちに、少しずつ体が覚えていきました。大学時代の感覚が徐々に戻ってきたのです。
もちろん、上手な選手たちと比べるとまだまだ差はありました。しかし、「今の自分と昨日の自分を比べる」という意識に切り替えたことで、小さな成長を感じられるようになりました。
見つけた自分の役割
練習を重ねるうちに、チーム内での自分の立ち位置も見えてきました。確かに技術面では他のメンバーに及びませんでしたが、チームを盛り上げる声出し、練習器具の準備や片付け、新しく入ってくる選手へのフォローなど、グラウンド外での役割を見つけていきました。
特に、チームで一番年上という立場を活かし、若いメンバーと経験豊富なメンバーをつなぐパイプ役になることができました。意見の対立があったときは、双方の立場を理解した上で折衷案を提案し、チームの方向性を一つにまとめる。そんな場面で、自分の存在意義を感じるようになりました。
そして、予想外の発見もありました。大学時代から私の持ち味だった「勝負強さ」が、ここでも生きたのです。レギュラーには及ばなくとも、代打や代走での起用の機会があると、不思議と結果を残すことができました。特に、追い込まれた場面での粘り強いバッティング。それは技術というより、諦めない精神力から生まれるものだったのかもしれません。
「先輩、代打お願いします。ここ、絶対に繋いでください」
そう言われるたびに、胸が熱くなりました。全員が認める技術者ではなくとも、勝負強さという武器で貢献できる。そんな自分だけの役割を見つけられたことが、何よりの自信になりました。
自分と同じように「自分にはレベルが高すぎるのでは」と不安を抱える新入部員への声かけも、同じ経験をした自分だからこそできることでした。
「最初は誰でも不安なんだ。でも、ここにいる全員が最初は同じ気持ちだった。一緒に成長していこう」
そう声をかけるうちに、自分自身の不安も少しずつ解消されていきました。チームで一番の技術者にはなれなくても、自分にしかできない役割がある。それを認識したとき、本当の充実感が訪れたのです。
全国への道のりで見つけた本当の価値
チーム結成から3年。私たちは悔しい思いや数々の挫折を経験しながらも、着実に力をつけていきました。そして念願の県大会出場を果たすことができました。
県大会2回戦。接戦の末に敗れ、全国への道は一旦閉ざされました。「あと一歩だったのに」という悔しさで胸がいっぱいになる中、監督がこう言いました。
「全国に行けなかったことは残念だ。しかし、このチームが3年でここまで成長したことは素晴らしい。特に、最初は自信がなかった選手たちが、自分の役割を見つけて全力で取り組む姿は、チームの大きな財産になった。来年は必ず全国へ行こう」
その言葉に、胸が熱くなりました。結果だけではない、プロセスの中で見つけた価値。3年という歳月をかけて築き上げてきたものの大きさを実感しました。それこそが、私がクラブチームに入って得た最大の収穫だったのかもしれません。
あの日、不安を抱えながらも自分の意志で飛び込んだからこそ、この充実感を味わうことができたのだと思います。
20代の野球経験者へのメッセージ
大学や高校で野球をやっていたけれど、社会人になってからは「どうせ自分のレベルじゃ…」と本気のチームに入ることを諦めている方へ。
あなたの不安は、私も同じでした。「レベルが高すぎて迷惑をかけるのではないか」「ついていけないのではないか」。そんな思いから一歩を踏み出せずにいませんか?
しかし、本気で野球と向き合うチームには、技術だけではない様々な価値があります。向上心、チームワーク、そして何より野球を愛する気持ち。あなたにしかできない役割がきっとあるはずです。
大学時代、私はチームメイトと共に自分たちで考え、練習し、成長しました。あの時の「野球と真剣に向き合う」という姿勢が、今の私の土台になっています。あなたも大学や高校時代に、きっと同じような経験をしているはずです。その経験は決して無駄ではなく、クラブチームでも必ず活きてきます。
不安を抱えながらも、思い切って飛び込んでみる。その一歩が、あなたの野球人生を大きく変えるかもしれません。物足りなさを感じながら過ごすより、不安と向き合いながらも充実した日々を送る方が、きっと実りある20代になるはずです。
「もう一度、野球と本気で向き合いたい」
その思いがあるなら、勇気を出して一歩踏み出してみてください。あの日、後輩からの誘いを受けなければ、今の充実感は味わえなかったでしょう。もし今、あなたが同じような岐路に立っているなら、その思いを大切にしてください。
あなたの野球人生は、まだ始まったばかりなのですから。